東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)22号 判決
東京都港区霞町二六番地
みなとマンション内
原告
佐藤銀
右訴訟代理人弁護士
宮里邦雄
同
今井敬彌
同
矢田部理
被告
国
右代表者法務大臣
小林武治
右指定代理人検事
光廣龍夫
右指定代理人法務事務官
横尾継彦
同
山口三夫
同
石塚重夫
同
大蔵事務官 藤沢保太郎
同
中島啓典
右当事者間の標記事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
(原告)
「原告の昭和三三年分所得税として税額を七九万四、三〇〇円とする租税債務及び再評価税として三四万九、一五〇円とする租税債務がいずれも存在しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決。
(被告)
主文と同旨の判決
第二告の主張
(請求の原因)
一、渋谷税務署長は原告に対し昭和三六年二月二九日付をもつて原告の昭和三三年分所得税の税額を七九万四、三〇〇円と確定する旨の処分をし、また同月一日付をもつて原告の同年分再評価税の税額を三四万九、一五〇円と確定する旨の処分をした。
二、しかしながら、右各処分は以下の理由により無効である。
(一) 右各処分は原告が昭和三三年一一月五日別紙目録記載の土地、建物(以下、本件不動産ともいう。)をトヨタ自動車販売株式会社(以下、トヨタ自販ともいう。)に売渡し、これにより譲渡所得二七九万四、五八九円が生じたとしてなされたものであるが、原告が本件不動産をトヨタ自販に売渡したことはない。
(二) もつとも、原告を名義上売主としてトヨタ自販に本件不動産を売渡す旨の契約がなされたのは事実であるが、その実質上の売主は松島証券株式会社(以下、松島証券ともいう。)であつて、右売買による譲渡益も同会社に帰属した。
すなわち
1. 原告は松島証券及びマチノ楽器株式会社(以下、マチノ楽器という。)の代表取締役をしていたが、松島証券からマチノ楽器に対してなした融資の回収が不能となり、松島証券に損害を与えたので、これを填補して賠償責任を果すべく、昭和三三年八月七日原告所有の本件不動産を松島証券に提供した。
2. そこで、松島証券は同年一〇月二八日右不動産をトヨタ自販に売渡して、その代金全額を増資に充てたが、登記簿上の所有者が当時なお原告であつたところから、右売買契約及びこれに基づく所有権移転登記においては原告個人を形式上の売主としたものである。
(三) したがつて、右売買によつては原告になんらの譲渡所得も生じていないから、右各処分は事実の誤認に基づくのみならず、いわゆる実質所得者課税の原則に違反する点に重大な瑕疵があり、その瑕疵たるや、課税庁に当然要求される程度の調査によつて判明すべき事柄に属する以上、客観的にも明白といわなければならない。
三 よつて、本件各処分に基づく所得税及び再評価税の各租税債務が存在しないことの確認を求める。
(抗弁に対する答弁)
被告主張一の(一)の事実は原告が本件不動産をトヨタ自販に売渡し、その収益が原告に帰属したとの点を除いて、これを認める。(二)の事実は否認する。
同二の(一)、(二)の各事実は計算関係自体の正当性のみを認め、その余を争う。
第三被告の主張
(請求原因に対する答弁)
原告主張の一の事実は認める。
同二の事実のうち、被告がなした原告主張の各処分が原告主張の本件不動産の売買により原告にその主張の譲渡所得が生じたとしてなされたこと、右売買契約及びこれに基づく所得権移転登記が原告を売主名義人としてなされたこと、原告がこれよりさき松島証券及びマチノ楽器の代表取締役であつた当時原告主張の事由で松島証券に損害を与えたので、その填補賠償をなすべく、原告所有の右不動産を松島証券に提供し、松島証券が原告の名で右売買及びこれによる所有権移転登記をしたものであることは認めるが、その余は否認する。
(抗弁)
被告がなした右各処分は次の根拠に基づくものであつて、もとより適法である。
一 譲渡所得の発生
(一) 原告は昭和二八年八月から昭和三三年九月頃まで松島証券の代表取締役であつたが、経営上の不手際から松島証券に多大の損害を与えたため、松島証券との間において原告所有の本件不動産及び松島証券の株式の処分を委任するとともに、その売却代金等をもつて、右損害の補填に充てる旨の合意をした。
そこで、松島証券は原告の委任による処分権限に基づき原告の名により昭和三三年一〇月二八日トヨタ自販に対し本件不動産を代金一、二〇〇万円で売渡し、同年一一月五日右不動産につきトヨタ自販のため所有権移転登記を経由するとともに、トヨタ自販から右代金を受領し、原告との合意に基づきこれを前記損害の填補に充てた。
したがつて、右売買における売主は名実ともに原告であつて、松島証券ではなく、また、これによる収益は原告に帰属したものというべきである。
(二) 仮に、右売買における売主が松島証券であり、また、これによる収益が松島証券に帰属したとしても、原告は右売買よりさき同年八月七日右不動産を前記損害の填補に充てるため松島証券に譲渡し、これにより昭和三三年 において不動産 価額に相当する譲渡所得があつたものというべきである。そして、右不動産の当時の価額はその後僅か三ケ月以内に行われた松島証券とトヨタ自販との間の売買における代金額たる一、二〇〇万円が相当である。
二 税額の計算
(一) 所得税について
旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下、同じ。)九条一項八号によれば、資産の譲渡による所得はその年度中の総収入金額から当該資産の取得額等を控除した金額であるが、同法一〇条の四によれば、資産再評価法の規定により再評価を行つたものとみなされた資産については当該資産の再評価額を取得価額とするものとされているところ、本件不動産は同法にいう基準日(昭和二八年一月一日)以前に取得され、それ以後に譲渡されたものであるから、同法八条二項、九条の規定により、右基準日現在において再評価が行なわれたものとみなされるが、その再評価額は後記(二)の根拠によつて計六二六万〇、八二一円となる。したがつて、右不動産の譲渡による所得は譲渡価額相当の一、二〇〇万円からその取得価額とされる右再評価額六二六万〇、八二一円を控除した五七三万九、一七九円となり、課税される所得金額は旧所得税法九条一項の規定により二七九万四、三八九円となる。
(二) 再評課税について本件不動産は資産再評価法にいう財産税調査時期(昭和二一年三月三日午前零時)以前に取得され、それ以後に譲渡されたものであるから、当然にまた同法八条二項、九条により前記基準日現在において、再評価が行なわれたものとみなされるが、右財産税調査時期以前に取得された個人の資産についての再評価差額は同法四二条三項により再評価額から同条一項一号所掲の金額を控除した金額とされているから、同法二一条二項、二五条により財産税評価額を取得価額として計算すれば次表記載の結果が生じる。
〈省略〉
したがつて、その再評価差額は右再評価額七三六万九、二五〇円から取得価額とみるべき二九万一、五三五円(すなわち、取得価額とされる財産税評価額計四三万九、三二五円から家屋の減価額一四万七、七九〇円を控除した残額)及び再評価についての前記基準日以降譲渡の日までの家屋の減価償却費一一〇万八、四二九円を控除した残額五九六万九、二八六円となり、課税される再評価差額は同法三七条二項の規定により五八一万九、二八六円となる。
第四証拠
(原告)
甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三を提出し、証人高橋広蔵の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第二ないし第一二号証の成立を認め、乙第一号証中、原告作成名義部分の成立を否認し、その余の部分の成立は不知と述べた。
(被告)
乙第一ないし第一二号証を提出し、証人横山桑八、同吉田信男の各証言を援用し、甲第一号証、同三号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。
理由
一 渋谷税務署長が原告に対し、昭和三六年一一月九日付をもつて原告の昭和三三年分所得税の税額を七九万四、三〇〇円と確定する旨の処分をし、また同月一日付をもつて原告の同年分再評価税の税額を三四万九、一五〇円と確定する旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。
二 そこで、右各処分について原告主張の瑕疵の存否を検討する。
(一) 原告が松島証券及びマチノ楽器の代表取締役をしていたところ、松島証券からマチノ楽器に対してなした融資の回取が不能となり松島証券に損害を与えたので、これを補填して賠償責任を果すべく、昭和三三年八月七日松島証券との間において原告所有の本件不動産を松島証券に提供し、その処分代金をもつて右損害の填補に充てる旨の合意をしたこと、松島証券が原告の名で同年一〇月二八日右不動産をトヨタ自販に売渡し、また、これに基づき原告からトヨタ自販に売渡し、また、これに基づき原告からトヨタ自販に対する所有権移転登記をしたこと、そして、前記各課税処分が右売買により原告に譲渡所得及び再評価額が生じたということを根拠とするものであることは当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第一号証、乙第七号証、原告本人尋問の結果により原本の存在ならびに成立を認むべき甲第五号証の一ないし三、証人横山桑八、同吉田信男の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、右各証人及び証人高橋広蔵の各証言ならびに原告本人尋問の結果をあわせ考えると、松島証券は同年九月初めその代表取締役が原告から横山桑八に更迭したが、その後右不動産の代金一、二〇〇万円のうち、六〇〇万円を右不動産に設定されていた担保権の解消に充てたうえ、その残を企業再建のため増資に充てたことを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
してみると、他に特段の事情がない限り、松島証券は原告との間の前記合意により本件不動産を売却処分すべき旨の委任を受けて右不動産の処分権限を取得し、これに基づき原告の名において右不動産をトヨタ自販に売渡したものであつて、原告は右売買契約において実質的にも売主たる地位にあつたものと認めるのが相当であり、また、原告は右売却代金を松島証券に対する前記損害賠償及び右不動産の負担解消に充てることによりこれに相当する経済的利益を享受したものというべきである。
(二) したがつて、渋谷税務署長が以上の事実に立脚し、かつ、被告主張の前掲計算により(その正当性は原告も争わない)本件所得税額及び再評価税額を確定した各処分に原告主張のような瑕疵があるということができない。
三 よつて、原告の本訴請求を理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小木曽競 裁判官 山下薫 裁判長裁判官駒田駿太郎は転補につき署名押印することができない。裁判官 小木曽競)
(別紙)
目録
熱海市熱海字荒見場五一番の一一
宅地 二〇七坪
同所同字五一番の二八
宅地 八二坪八合三勺
この共有持分一六分の二
同所同字五五番の八
畑 一畝四歩
この共有持分一六分の二
同所同字五一番の一三
鉱泉地 一坪
この共有持分一六分の二
熱海市熱海字荒見場五一番の一一所在
(家屋番号荒見場七番)
木造瓦葺二階建 居宅一棟、 建坪五七坪五合、 外二階一八坪六合二勺
附属
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建 居宅一棟 建坪五均二合五勺
木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建 居宅一棟 建坪一坪
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家屋亭 一棟 建坪 一坪五合
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建亭 一棟 建坪 三坪